第13回 智の泉談話会 ご報告

  • 開催日時: 2024年2月17日(土) 14時-16時
  • 開催場所: テラプロジェクト Aゾーン
  • 参加者:  企業準会員:1社(2名)
          個人会員:8名  外部参加:3名   WEB参加:0名
          事務局 :2名       計:15名 
  • 話題提供者 :山本 圭吾 氏(地)大阪府立環境農林水産総合研水産研究部海域環境グループ 総括研究員
  • 話   題:「大阪湾はどう変わった? ~大阪湾における環境・生物の変化とみらい~」

<ご講演要旨>

大阪環農水研(地方独立行政御夫人大阪府立環境農林水産総合研が正式な名称だが、あまりにも長いので、短縮形で商標登録を行った)には、羽曳野市に本部・環境と食農の技術センター、岬町に水産技術センター、寝屋川市に生物多様性センターがある。水産研究部は水産技術センターにあり、大阪湾に関する試験研究、漁業者への技術支援・普及、地域社会への貢献を業務としている。大阪湾に関する試験研究としては、海を見守る、魚を調べる、魚を増やす、海辺を再生するといった課題について重点的に取り組んでいる。

 「海を見守る」では、調査船「おおさか」で大阪湾の20か所の定点を月1回監視している。現場で透明度などの水質観測を行い、水産技術センターで採取した海水の分析、プランクトンの分析を行っている。これまで約50年間のデータ蓄積があり、長期の環境変化を追跡できる。「魚を調べる」では、調査船での稚魚採取、漁港での水揚げ魚の調査などを行っている。一方で、「魚を増やす」ために、稚魚を育成・放流したり、増殖場の効果を調査したりしている。現在は、キジハタ、トラフグ、ヒラメの稚魚を放流している。キジハタは大阪湾に棲みつくが、トラフグは明石海峡から出てしまう。以前は、クロダイなどの放流も行っていたが、価格が落ちて漁師さんにとって魅力がなくなった。高度経済成長期に急速に埋め立てが進み、大阪湾には自然海岸が1%しかない。「海辺を再生する」ために、人工干潟・砂浜を造っており、生き物が生息するのか調査を続けている。


 さて、本題の大阪湾の環境の変遷と現状について、大阪湾の概要説明の後、①栄養塩(植物プランクトンの餌となる海水に溶け込んでいる無機態の窒素化合物とリン化合物)の減少、②温暖化、③酸性化、④浅場の喪失、⑤大阪湾の未来像の順でお話します。

大阪湾は、長径60km、短径30kmの楕円形で、明石海峡と紀淡海峡の二か所しか出入り口の無い内湾となっている。平均水深は28mで、湾東部の水深が20m以下で浅く、淡路島東側沿岸が深い構造となっている。流入する主な̠河川は、淀川と大和川である。

 

 1990年までは、大阪湾は典型的な富栄養海域(栄養塩が過剰な海域)だった。このため、頻繁に赤潮が発生し、夏には貧酸素水塊の発生が常態化していた。当時の赤潮では、植物プランクトンの珪藻が優占種だった。赤潮が発生した後、海面近くの植物プランクトンが死ぬと沈んで行き、死骸の植物プランクトンは底層で細菌などの微生物によって分解される。この分解には酸素が必要で、赤潮で大量の植物プランクトンが発生すると、底層の酸素が消費され尽くして低酸素状態となる。低酸素の海水には魚介類が生息できず、底層が低酸素状態になると魚の餌となるゴカイなどの底生生物も死滅した。

府民の大阪湾に対するイメージは、「汚れていてゴミが多い海」だった。また、大阪湾の魚介類は、「食べても健康に害がないか心配だ」と思われていた。1970年代から瀬戸内海で赤潮による漁業被害が頻発したので、1973年に瀬戸内海環境保全臨時措置法が施行され、リン流入負荷量(1979年~)と窒素流入負荷量(1996年~)の削減が指導された。2002年からは、窒素・リン総量規制が始まった。

これらの取り組みの結果、大阪湾でも栄養塩が減少した。さらに、植物プランクトンの大発生が無くなり赤潮の発生回数も減少し、透明度が増した。1970年代には湾奥の一部では底層で全く魚介類が住めない無酸素状態だったが、現在では貧酸素化も縮小傾向にある。一方、溶存無機態窒素化合物の減少とパラレルに、大阪湾の漁獲量も減少し、ノリ養殖で色落ちが増えた。栄養塩の減少が漁獲量減少の原因か否には慎重な検討が必要だが、事実としては、三者の増減は時期が一致している。ノリの大産地である兵庫県では、播磨灘の栄養塩類を減らし過ぎないようにしている。

海域の富栄養化と貧栄養化は、棲息するプランクトンの種類にも影響する。1990年代までは、大阪湾の植物プランクトンは珪藻が優占種だった。ところが、2000年代になると、手足のしびれや頭痛などの症状を起こす麻痺性貝毒の原因となる渦鞭毛藻類のアレキサンドリウム・カテネラ(旧称:アレキサンドリウム・タマレンセ)が発生するようになり、2002年にアサリの貝毒量が初めて規制基準を超えた。2006年には、底引き網で獲られた赤貝でも規制基準を超えて漁獲・販売が禁止された。この後、頻繁に貝毒が発生したが、近年は減少している。その原因は、次のように推定されている。1990年代は、富栄養化していた表層では珪藻が一年中優占種だった。ところが、2000年代になって栄養塩が減少すると、春先の海水温がアレキサンドリウム・カテネラの適温となった時期に、低栄養塩の苦手な珪藻の優占度が下がり、逆に低栄養塩を苦にしないアレキサンドリウム・カテネラが大増殖していたと考えられる。現在は、栄養塩が更に減少したので、海水温がアレキサンドリウム・カテネラの適温域に上昇しても、アレキサンドリウム・カテネラが大繁殖することが少なくなったと考えている。

大阪湾の表層の水温は、40年間で0.83℃上昇した。大阪湾は、 閉鎖性が高く水深が浅いので、1.10℃上昇した大阪の気温の影響を受けやすい。しかも、都市沿岸海域であり温排水、都市排熱の影響を受けて、大阪湾の海水温度の上昇は日本近海の水温上昇率よりも大きい。月別の海水温上昇を見ると、昇温期(春)と降温期(秋)の水温上昇が大きく、低温期が短く, 高温期が長くなっている。しかし、 真夏の水温は上昇していない。冬も暖かい海となった大阪湾には、黒潮と回遊してきたヒョウモンダコやソウシハギなどの南方系生物が頻繁に確認されるようになった。漁獲物もマアナゴやアイナメが減少し、ハモやマダイが増えている。有毒の植物プランクトンなども侵入するかもしれないので監視が必要である。最近では、大阪湾でイルカの群れを見ることも多くなった。

大気中の二酸化炭素が増加すると、海水に溶け込む二酸化炭素も増加して海水のpHが下がる。大阪湾では、50年間でpHが0.18低下した。海水のpHが低下して酸性化すると、カルシウムの溶解度が大きくなり、生物のカルシウム摂取が難くなる。この影響は広範囲に及び、ウニの殻が溶ける(死滅も)、サンゴのサンゴ礁形成が阻害される、カニやエビなどの甲殻類の甲羅が溶け死亡につながる、貝類の稚貝の殻が薄くなることで捕食されやすくなるなどが起こる。植物プランクトンもサイズが小型化し総量が減少するので、食物連鎖によって漁獲量が減少する。

砂浜や干潟などの浅場は、稚魚の生活場所として豊かな海に不可欠な場所である。垂直護岸の海では、大型魚と稚魚の生活域が同一で多くの稚魚が捕食される。一方、浅場では、稚魚は大型魚の入れない浅い場所へ逃げ込めるので、生残し易い。大阪湾では、大和川河口に人口干潟や人口砂浜を造成して、稚魚の生育を助けている。実際、造成した浅場で、アユの稚魚の回遊が確認されている。堺市では、大阪府による「令和の里海づくり」事業も始まっている。

最後に、「大阪湾の未来像について」。瀬戸内海では1970年代からただひたすらに海がきれいになるように努力してきた。しかし、近年、魚が減り、ノリの色落ちが発生した。これからは、どれくらいの栄養塩類レベルが適切なのか、豊かな海ってなんだろうか が問われる。大阪湾では、栄養塩類の減少で透明度が高くなり、日光が深くまで届くようになった。このお陰で、これまでアマモが生育していなかった深い場所にもアマモ場が再生した。アマモ場は、稚魚の生育場所になるだけではなく二酸化炭素を固定吸収する。また、有害・有毒プランクトンを攻撃する細菌やウイルスがいることも分かっている。他にも、栄養塩類の減少による赤潮規模の縮小などにより、大阪湾でも二枚貝の養殖が可能になってきた。さらに漁港の環境改善や海底耕転による貝毒発生防止なども試みられている。

事務局後記

久しぶりにコの字型式で行い、活発な談話会となりました。話題提供者の山本氏はお立場上、「漁獲量の減少は、行き過ぎた窒素・リン総量規制によって、大阪湾が貧栄養化したことが原因だ」とストレートに言えないので、言葉を選びお話されていたのが印象的でした。

以下は、事務局長の私見です。

日本の飼料自給率は約28%で、アメリカ・ブラジルから大量のトウモロコシや大豆を輸入している。国内産の○○和牛や□□豚は、輸入飼料中のタンパク質を牛や豚でろ過したものに過ぎない。一方、アメリカやブラジルでは、トウモロコシや大豆の栽培に大量の窒素肥料が使われている。その窒素肥料の原料は、ハーバーボッシュ法で空気中の窒素を固定したアンモニアである。現在は全窒素肥料の約半分がハーバーボッシュ法のアンモニア起源であり、人や動物のタンパク質の半分は合成アンモニア起源となっている。また、ハーバーボッシュ法には膨大な電気エネルギーが必要で、人類はハーバーボッシュ法に全電力エネルギーの約1%を注ぎ込んでいる。

日本に輸入された飼料中の有機態窒素は、大部分が家畜の糞として、一部が人間の糞として排出される。貴重なエネルギーで固定した有機態窒素なので肥料として再利用すべきなのだが、日本で排出される有機態窒素は膨大で、狭小な日本の農地では利用しきれない。現状では、貴重な有機態窒素が畜産場や下水処理場で窒素ガスに戻り空気中へ拡散している。日本は、農地は狭いが世界でも有数の排他的経済水域を保有する国であり、飼料として輸入した有機態窒素を海域で魚介類へ再利用するべきである。                                                 

                            


                                 以 上

                                           


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